健太さん

小学生の頃、夏休みにはよく祖父母宅へ行った。古い平屋のなかで東京に移り住んでいた叔父の空き部屋が一番好きだった。雑然と積まれた本やレコードには、山崎ハコのファンクラブ創設に関わった叔父の独特な空気感が残っていた。

ある蒸し暑い日。窓際の勉強机に座り、おもむろに引き出しを開けたら、黄ばんだ原稿用紙が出てきた。叔父が小学生の頃に書いた作文のようだった。題名は「犬を殺す日」。かつて保健所に連れて行った飼い犬のことだろう。その題名を見たとき、子供心に「この人は信頼できる」と感じた。

何十年経っても、叔父とは昔のままの感覚で話せた。叔父は、18歳下の私を「子供扱い」しなかった。幼少期に一人の人間としてフラットに接してもらった経験は、大人になってからの関係に深く影響するものだと思う。

読書家で、酒と煙草を愛し、どこにいても根源的な寂しさを纏っていたあなたが好きだった。きっと「犬を殺す日」も、あなたは置き場のない心に小さな体で堪えていたのだろう。あの作文を捨てずに残していたのが、らしいよなと思う。

ある日、歩行困難になり、肺から脳へ転移した大きな腫瘍が見つかった。すぐに緩和病棟へ入り、あっという間に逝った。見舞いに行った際、もう発語が困難だった叔父に、昔こっそり作文を読んだことを謝った。叔父はきょとんとしてから、ふっと笑った。

これで、あの蒸し暑い夏の日も本当に終わってしまう。

いつも別れ際は「健太、またね」だった。

またね。さようなら。